ひぐらしのなく頃にの感想、解説

ノベルゲー

ひぐらしのなく頃にを今更ながらプレイしました。(アニメも見ました)

意志の力の尊さや自分の弱さと向き合い克服すると言葉にするとなんともチープな感じがしなくもない。
ただ、ひぐらしの舞台、シナリオの中で感じる「自分もまたかくありたい」と思うようなアツい気持ちに共感する人は多いと思う。
実は小さい頃に一度アニメを見ていたんですが、序盤があまりに怖くて挫折していました。
とはいえ、根強い人気があり、神ゲーと名高いのでリメイク版で再挑戦しました。
今度は無事に完走し、最高に熱い気持ちでいっぱいです。
また、新たにアニメ化もされるので改めて注目されたい作品。

ひぐらしのなく頃に要約

昭和58年、雛見沢という田舎の村に越してきた圭一。

小学生から高校生までが同じ教室で学ぶほどの少人数の学校だが、クラスにも馴染んだ。

仲間たちと村のお祭りである”綿流し”に参加した際に街から取材に来たカメラマンから

綿流しの日には”オヤシロさま”の祟で毎年1人が死に1人が消える

という噂を聞く。

友人や村の大人に真偽を確かめようと尋ねると、皆そんなことはない冷たく言い放つのみ。

そして今年も綿流しで死人が出た。

 

転入から綿流しまでのクラスメイトたちとの会話や行動により変化する結末を辿りながら

様々な動機で親友に命を狙われたり、

友人を守るために圭一が加害者になったり、

村の全員が死んでしまったり、

加害者の視点から事件を見たりしながら、

雛見沢村の連続怪死事件の真相に迫っていく。

 

ざっくりいうとそんなお話。

 

自分の胸を打ったのは、

  • 後ろ暗い過去や隠したい本性と向き合い克服していく圭一、レナ
  • 強い意志の力で不可能を可能にしてきた鷹野
  • 梨花の成長

このあたり。

後ろ暗い過去や隠したい本性と向き合い克服していく圭一、レナ

圭一やレナは過去に傷害事件を起こしている。

事件のせいで住んでいた場所にいられなくなって雛見沢に越してくる。

心機一転、ゼロからやり直そうとする彼らが疑心暗鬼になったり道を踏み外しそうな仲間を救おうとするシーンがある。

当初はかつて罪を犯し、人を傷つけた自分にそんなことを言う資格はあるのかと葛藤する。

 

周囲の支えなどを通じて乗り越えるが、

過去に犯した罪は仮に償っていても決して消えない。

一生背負っていかねばならない十字架として受け入れつつも、充分に反省したならば「これから」をどうしたらいいのかを考えるときの教訓にする。

 

犯罪を失敗に置き換えても同じことが言える気がする。

自分の話を引き合いに出すと、大学受験に2度失敗したことを大学時代にも引きずって、

「努力をしても結果が出なかったらかけた時間が水の泡」

「アイツはまたダメだったと思われたくない」

という思いがどこかに残ったり、

入学した滑り止めの大学では入学直後は成績が非常に良かったものだから

「無能のレッテルを貼られたくない」

みたいなことを思って、失敗を恐れてチャレンジできなかった。

 

就職してからは、自分だけが飛び抜けて最低辺の学歴だったのが良かった。

「誰も自分が優秀だなんて期待してないしからヘマやってもがっかりされることもないやろ」

と肩の力が抜けると意外とうまく行ったりした。

それどころか「自分よりポテンシャルが高いやつらより成果出たらカッコいいかも?」

とさえ思うとモチベーションになったりする。

 

自分が”できる方”である集団に所属していると、少しづつ天狗の鼻が伸びてきてしまう。

「何でもできる自分であらねば」とか

「失敗して失望されたらどうしよう」とか思ってしまって萎縮する。

さらに、そこで本気でやって失敗してしまうと、他人は大して気にしていないのに自分だけは大事のように考えてしまって実在しないプレッシャーを感じてしまう。

 

自分の場合は就職を機に自分が底辺でスタートする新しい環境に移って心持ちが変わって物事がうまく行った。

当時はうまく行かなかった事実に感情的になってしまって振り返ることもなかった。

今になれば、目標を達成することだけにフォーカスせず漫然と形だけの努力をしたことがまずかったと振り返れる。

そして、これからの勉強などに活かしていける。

 

周りの目は一時気にし始めてしまったら気にしないというのは難しい。

勇気を持って全く関係ないコミュニティに行って心機一転して自身を取り戻してからうまく行かなかった原因を考えるのが大事ということを思い出しました。

 

過去の失敗との向き合い方、乗り越え方の一つの答えとして勇気をもらったのが罪滅し編でした。

強い意志の力で不可能を可能にしてきた鷹野

軽いネタバレを含むので注意

両親の死後、孤児院での過酷な環境から決死の逃亡の末に奇跡的に義祖父に拾われた。

祖父の研究が踏みにじられ、その正当性を示そうとして血の滲む努力でたった一人で大学の医学科へ進み、大学で勉強、研究をし、主席で卒業した。

研究の資金を得るべく、あらゆる根回しの末、過去に見向きもされず退けられた研究で莫大なスポンサーを得てついに研究所を得た。

 

途中で道を踏み外してしまうが、彼女の成果は素晴らしいし、生き様は純粋にカッコいい。

自分が常々思っているのは「努力し続ける意志の力」の尊いこと。むずかしいこと。

ビジネス書とか自己啓発本にも書いてありそうなことだけれど、努力し続けて突き抜けるのは本当に難しい。

そこまでの執念を持ってまで達成したいような目標、野望、大望にはなかなか出会えない。

理性をコントロールして地道に何年もかけて努力することこそが最も大事で、そんな積年の努力の前には超常の力も才能も誤差に過ぎないとさえ思ってしまう。

 

同じように強い信念を持って運命を打ち破った梨花や圭一の姿を通しても実感された皆殺し編や祭囃し編だった。

梨花の成長

ネタバレを含むので注意

梨花は既に運命に屈して諦めようとしていたが、

「運命なんて金魚すくいの網のようにかんたんに破れる」と圭一が何度も運命を変えていき、本当に事態が好転してきたことを知った梨花。

 

精一杯やった挙げ句にあと一歩、梨花の運命を変えるには及ばなかったがそれでも折れるどころか、以前以上に精神的に強くなった梨花がいた。

ついには運命を打ち破って昭和58年の6月を超えた。

 

死の運命を本気で乗り越えようとしてからの梨花は失敗後は強くてニューゲームと言わんばかりに更に成長して死の運命を乗り越えた。

サイヤ人のように、全力を尽くすした上でダメだったとしても、大いに成長できることを改めて思い出させられた。

常に最高難易度の課題に全力で向かっていく中でだけ成長が見込める。

ぬるま湯につからず、修羅ルートを進むことの大切さを感じられる皆殺し編でした。

おわりに

個人的に好きな目明し編。

BGMのconfession, thanks, sisterやEDのyou

などの音楽もあるし、詩音に感情移入してしまうし感情的には好きだしもっと書きたいと思った。

でも皆殺し編→祭囃し編の熱い展開のなかの人の輝きみたいなところにフォーカスしたいと思って書いた。

抽象化して言語化してしまえば、ビジネス書や啓発本で書いてそうなこと。

ひぐらしのなく頃にのシナリオの中で登場人物たちの成長をみながら体感することから得た学びは心に刻まれるので、

純粋に面白いことに加えて、学べるという観点からもひぐらしのなく頃にをおすすめしたい。

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